矢作塾塾長プロフィール

院長プロフィール

日本で唯一、”復元整体”の第一人者

矢作治療院院長の矢作晋と申します。
日本で唯一、独自の復元整体を編み出し51年間のプロ野球トレーナーとして、また政財界のトップクラスの方々の健康管理、多くのトップアスリート達のコンディション調整などを行ってきた父(矢作義孝)から受け継いだこの手技復元整体を駆使して多くの患者さんのお悩みを解消しています。父が治療家の世界では、世界一と言えるほどの実績を残してきました。矢作家の長男として生まれ、小学校1年生からこの治療法を教え込まれてきました。言わば、58歳にしてこの道52年となるのです。2年前に父が他界した後は、私がその意志を受け継ぎこの復元整体に磨きをかけているのです。現状では、ある部分は父を追い越しているものの、ある部分はまだ追いついていないところがあるという感じでしょう。

院長略歴

矢作治療院 : 院長 矢作晋(やはぎすすむ)
生まれ : 1960年(昭和35年)9月22日  大阪市阿倍野区生まれ
学歴 : 日大三高(中退) Judson School卒(Scottsdale, AZ. U.S.A.)
東京外語専門学校 通訳・ガイド科卒
東京鍼灸柔整専門学校(呉竹学園)本科II部卒
職歴 : 西武ライオンズ トレーナー(1年)
大洋ホエールズ トレーナー(1年)
読売巨人軍 トレーナー(19年)
矢作治療院 院長(12年目)
資格 : あん摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師免許
合気道4級、剣道1級(昇級、昇段試験を受けていないので)
部活 : 中学は剣道部 高校は準野球部員、Judsonでは野球部

矢作治療院 院長
矢作晋 (やはぎすすむ)

1960年9月 大阪市阿倍野区の通天閣が見える病院で生まれる。父(矢作義孝)の仕事が、近鉄バファローズのトレーナーであったことから小学校5年生まで近鉄の本拠地、藤井寺球場の裏の団地(春日丘公団住宅)に住んでいた。5年生の12月から奈良県生駒郡平群町へ引っ越し、中学まで過ごす。高校は日大三高に進学。日大三高では、ただ一人の準野球部員として当時の監督、小枝守監督に鍛えられる。高3の夏休み明けに日大三高を中退し、アメリカへ留学する。アリゾナ州 Scottsdale にある Judson School に留学し、アメリカの高校の単位を取得するのに2年費やす。その後、アメリカのESLクラスやアダルトスクールを転々とし、見切りをつけて帰国する。帰国後は、東京都新宿区の東京鍼灸柔整専門学校(現 東京医療専門学校「呉竹学園」)で鍼灸マッサージを勉強、国家資格を取得後に、西武ライオンズに、根本管理部長の計らいでトレーナーとして入団する。しかし、トレーナーの派閥争いで12月に戦力外通告を受ける。次に父が顧問であった大洋ホエールズに入団(父の代行みたいな状態で)するが、11月で辞表を出す。次いで、東京読売巨人軍(読売巨人軍)に正力亨オーナーによって入団する。その後19年間巨人軍で選手のサポートを完遂する。入団当時にいた選手で残っていたのは桑田真澄投手だけとなり、桑田選手が引退を決意していることを知って、自分も引き際と感じ、2006年に退団する。2007年4月に、日本橋に「矢作治療院」を開業し、一般の患者さんを対象に今までの経験を活かせるよう研鑽しています。 現在に至る。

簡単な自分の歴史を述べさせて頂きました。まだまだ波瀾万丈とまではいきませんが、これからが本番だと思っています。

よろしくお願いします。

 

 

<検索用学歴・職歴>
大阪府羽曳野市市立高鷲幼稚園
大阪府羽曳野市市立高鷲南幼稚園
大阪府羽曳野市市立高鷲小学校
大阪府羽曳野市市立高鷲南小学校
奈良県生駒郡平群町町立平群東小学校
奈良県生駒郡平群町町立平群中学校
日本大学第三高等学校
Judson School  Scottsdale, AZ.  U.S.A.
University of Colorado ESL
Arizona State University ESL
Ruetten Larning Center
Adult School in Beverly Hills
東京鍼灸柔整専門学校 本科II部
東京外語専門学校 通訳・ガイド科
西武ライオンズ
大洋ホエールズ
読売巨人軍
矢作治療院

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