塾長プロフィール

プロ野球の名物トレーナーと言われた父(矢作義孝)から受け継がれた治療法

矢作治療院院長兼矢作塾塾長の矢作晋と申します。

塾長の私自身を語るには、父を語らないわけにはいきません。矢作家の長男として生まれ、小学校1年生の頃から父の側で、父の手技復元整体治療を教え込まれてきたからです。言わば、現在、59歳にしてこの道53年目となるのです。残念ながら、父は3年前に他界してしまい、もう教えを請うことは出来ませんが、長年培われてきたこの治療法を私の代で終わらせるのは本当にもったいないと思い、web上ではありますが「矢作塾」を立ち上げました。

日本で唯一と言っていいほどの独自に開発された手技復元整体治療法です。負けず嫌いで理想が高かった父の執念の傑作と言っていいでしょう。もう70年以上前の話です。

矢作義孝略歴
※1931年(昭和6年)山形県村山市に生まれる。目が悪かったので、上京し東京の鍼灸専門学校にて、鍼灸、あん摩マッサージ指圧師の免許を取得。同時に慶応大学にも籍を置くが、大学は中退する。
1954年、近鉄パールズにトレーナーとして入団。1969年から1973年にかけて広島東洋カープに在籍。その後、近鉄に戻り、また福岡ダイエーホークスに移籍する。
モントリオール、ロスアンゼルスのオリンピック大会、ローマのバレーボール世界選手権を初め、バーレーンのアジア選手権大会などにトレーナーとして参加。
※近鉄バファローズ、福岡ダイエーホークスの顧問トレーナーをはじめ、大洋ホエールズ、本田技研工業、新日鐵、松下電器、ミズノスポーツ、ニッポン放送などの健康管理アドバイザーを務める。
※福田赳夫元総理大臣、大徳寺立花大亀御老師をはじめ、政財界のトップクラスの方々の健康管理を任されていた。当時のスポーツ界のトップアスリートの方々、芸能界、メディア界の著名人の方々も訪問されていた。
※「30年余(昭和62年当時)の経験を通じ、正しい姿勢が健康の原点となることを学んだ。今後は経営者、ビジネスマンも”姿勢”に関心を持たなければならない」・・・政財界のトップクラスの健康顧問でもある氏はこう断言する。
※2016年3月 栃木県塩谷郡にて他界

51年間のプロ野球トレーナーとして、また政財界のトップクラスの方々の健康管理、多くのトップアスリート達のコンディション調整などを行ってきた父(故矢作義孝)から受け継いだこの手技復元整体を駆使して多くの患者さんのお悩みを解消しています。父が治療家の世界では、世界一と言えるほどの実績を残してきました。父が他界した後は、私がその意志を受け継ぎこの復元整体に磨きをかけているのです。現状では、ある部分は父を追い越しているものの、ある部分はまだ追いついていないところがあるという感じでしょうか。今でも試行錯誤しながら、治療時間の60分で出来る限り痛みを解消していくという技術を研究しています。

院長略歴

矢作治療院院長 矢作晋(やはぎすすむ)
生まれ : 1960年(昭和35年)9月22日 大阪市阿倍野区生まれ
学歴 : 日大三高(中退) Judson School卒(Scottsdale, AZ. U.S.A.)
東京外語専門学校 通訳・ガイド科卒
東京鍼灸柔整専門学校(呉竹学園)本科II部卒
職歴 : 西武ライオンズ トレーナー(1年)
大洋ホエールズ トレーナー(1年)
読売巨人軍 トレーナー(19年)
矢作治療院 院長(13年目)
資格 : あん摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師免許
合気道4級、剣道1級(昇級、昇段試験を受けていないので)
日本スポーツ協会 アスレチックトレーナー資格
部活 : 中学は剣道部 高校は準野球部員、Judsonでは野球部

矢作治療院 院長
矢作晋 (やはぎすすむ)

1960年9月 大阪市阿倍野区の通天閣が見える病院で生まれる。父(矢作義孝)の仕事が、近鉄バファローズのトレーナーであったことから小学校5年生まで近鉄の本拠地、藤井寺球場の裏の団地(春日丘公団住宅)に住んでいた。5年生の12月から奈良県生駒郡平群町へ引っ越し、中学まで過ごす。高校は日大三高に進学。日大三高では、ただ一人の準野球部員として当時の監督、小枝守監督に鍛えられる。高3の夏休み明けに日大三高を中退し、アメリカへ留学する。アリゾナ州 Scottsdale にある Judson School に留学し、アメリカの高校の単位を取得するのに2年費やす。その後、アメリカのESLクラスやアダルトスクールを転々とし、見切りをつけて帰国する。帰国後は、東京都新宿区の東京鍼灸柔整専門学校(現 東京医療専門学校「呉竹学園」)で鍼灸マッサージを勉強、国家資格を取得後に、西武ライオンズに、根本陸夫管理部長の計らいでトレーナーとして入団する。しかし、トレーナーの派閥争いで12月に戦力外通告を受ける。次に父が顧問であった大洋ホエールズに入団(父の代行みたいな状態で)するが、11月で辞表を出す。次いで、東京読売巨人軍(読売巨人軍)に正力亨オーナーによって入団する。その後19年間巨人軍で選手のサポートを完遂する。入団当時にいた選手で残っていたのは桑田真澄投手だけとなり、桑田選手が引退を決意していることを知って、自分も引き際と感じ、2006年に退団する。2007年4月に、日本橋に「矢作治療院」を開業し、一般の患者さんを対象に今までの経験を活かせるよう研鑽しています。 現在に至る。

簡単な自分の歴史を述べさせて頂きました。まだまだ波瀾万丈とまではいきませんが、人生まだまだ勉強です。

よろしくお願いします。

 

 

<検索用学歴・職歴>
大阪府羽曳野市市立高鷲幼稚園
大阪府羽曳野市市立高鷲南幼稚園
大阪府羽曳野市市立高鷲小学校
大阪府羽曳野市市立高鷲南小学校
奈良県生駒郡平群町町立平群東小学校
奈良県生駒郡平群町町立平群中学校
日本大学第三高等学校
Judson School  Scottsdale, AZ.  U.S.A.
University of Colorado ESL
Arizona State University ESL
Ruetten Learning Center
Adult School in Beverly Hills
東京鍼灸柔整専門学校 本科II部
東京外語専門学校 通訳・ガイド科
西武ライオンズ
大洋ホエールズ
読売巨人軍
矢作治療院

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〒103-0027
東京都中央区日本橋3-6-10 くりはらビル7F
TEL: 03-5203-0333
Mail: tryahagi@yo-ake.com

営業時間:
11:00~21:00 (月火水金)
15:00~20:00(土)
15:00~21:00 (木、

受付時間:
10:00~19:00 (平日)
14:00~19:00(木、
休診日:不定期(要確認)

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